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最高裁判所大法廷 昭和38年(オ)1240号 判決 1967年11月08日

上告人

阪口誠

右訴訟代理人

辻武夫

被上告人

株式会社三和

右代表取締役

大森石松

右訴訟代理人

吉田賢一

主文

原判決中上告人に対し四七一、〇〇〇円に対する昭和三六年一月一二日から同年三月一〇日までの年六分の割合による金員の支払を命じた部分を破棄し、右部分に関する被上告人の請求を棄却する。

本件その余の部分に対する上告を棄却する。

訴訟の総費用は五〇分し、その一を被上告人、その余を上告人の各負担とする。

理由

上告代理人辻武夫の上告理由一について。

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件為替手形について、被上告人が、自己のした裏書以下の各裏書を抹消して右手形の返還交付を受けたことにより、本件手形上の権利を再取得したものであるとする原審の判断は、正当である。所論は、本件のような場合には、遡求義務の履行による受戻以外の方法では被上告人は本件手形上の権利を再取得できないもののごとく主張するが、独自の見解であつて、採用することができない。

同二について。

手形は支払地における主たる債務者(引受のない為替手形にあつては支払人)の現時の営業所、もし営業所がないときはその住所において支払われるのが本則であるが、為替手形の振出人もしくは支払人または約束手形の振出人は、支払地内における第三者の住所すなわちいわゆる支払場所(手形法四条が第三者の住所、同法二七条一項が第三者方、同条二項が支払の場所というのは、いずれも同じ意味である。)においてその支払をなすべき旨を定めることができる。この場合には、その手形は当該第三者の住所において当該第三者によつて支払われるのが原則であつて、かかる手形の支払の呈示もその場所でその者に対してすることを要する(昭和一三年一二月一九日大審院判決、民集一七巻二六七〇頁参照)。しかしながら、右の支払場所の記載はその手形の支払呈示期間内における支払についてのみ効力を有するのであつて、支払呈示期間経過後は支払場所の記載のある手形も、本則に立ちかりえ、支払地内における手形の主たる債務者の営業所または住所において支払わるべきであり、したがつて支払の呈示もその場所で手形の主たる債務者に対してなすことを要し、支払場所に呈示しても適法な支払の呈示とは認められず、手形債務者を遅滞に附する効力を有しないものと解しなければならない。本来、手形は支払呈示期間内における手形金額の支払をたてまえとし、それを予定して振り出されるものであつて、支払場所の記載もまたかかる手形の正常な経過における支払を前提としてなされるものと解するのが、これを記載する当事者の意思に合致するのみならず、手形取引の在り方から見ても合理的であると考えられる。けだし、手形に支払場所の記載がある場合には、手形の主たる債務者は、支払呈示期間中、支払場所に支払に必要な資金を準備しておかなければならないのが当然であるが、もし支払呈示期間経過後もその手形の支払が支払場所でなさるべきであるとするならば、手形債務者としては、手形上の権利が時効にかかるまでは、何時現われるかわからない手形所持人の支払の呈示にそなえて、常に支払場所に右の資金を保持していることを要することとなつて、不当にその資金の活用を阻害される結果となるし、さりとて右の資金を保持しなければ、自己の知らない間に履行遅滞に陥るという甚だ酷な結果となるのを免れないからである。この場合、手形債務者は、手形金額を供託してその債務を免れる途がないではないが、しかし手形金額の供託は、手形債務者の資金の活用を阻害して取引の実情にそわない点では、支払呈示期間経過後も支払場所に支払に必要な資金を保持させるのと異なるところはない。もつとも、叙上の見解によれば、手形所持人が支払呈示期間経過後に支払の呈示をする場合に多少の不便を生ずることは否定できないが、それは支払呈示期間を徒過した手形所持人として当然忍ぶべき不利益といわざるをえない。また、手形はいわゆる文言証券で、手形債務者は証券記載どおりの責任を負うべきものと解せられるが、手形がこのような文言証券と解せられるのは、ひつきよう、健全な手形取引の確保をはかる必要に基づくのであつて、その必要を超えてまでも手形の文言証券性を云為することはその本来の趣旨を逸脱するものというほかなく、支払地のごとき手形要件は別として、支払場所のように主として手形債務者の支払の便宜を顧慮して認められた記載事項については、これを上述のように制限的に解しても、それが手形取引から見て合理的と認められるかぎり、手形が文言証券であることと格別背馳するものとはいえない。なお、手形の主たる債務者と支払場所として指定された第三者との間の関係は、当事者間の手形外の契約によつて定まるところであるから、その契約をもつて支払呈示期間経過後も支払場所において支払をなしうる旨を定めることは差支えなく、この場合には、支払呈示期間経過後の支払場所における支払も有効な手形の支払となり、これにより手形債務者の手形上の義務は消滅するが、それが手形上における支払場所の記載が支払呈示期間内における支払についてのみ効力を有するということとかかわりのないことは、いうまでもない。

以上説示のとおり、手形の支払呈示期間経過後においては、支払の呈示は支払地における主たる債務者の営業所または住所においてなされなければならないものであるところ、本件為替手形がその支払呈示期間経過後である昭和三六年一月一一日に支払のため呈示された場所が手形に記載された支払場所であることは当事者間に争いがなく、他に上告人の営業所または住所に呈示されたことにつき被上告人の主張立証のない本件においては、本訴に移行する前の支払命令正本の送達によつてはじめて上告人が遅滞に陥つたものと解しなければならない。したがつて、原判決のうち、前記昭和三六年一月一一日の翌日である同月一二日から右正本送達の日であること記録上明らかな同年三月一〇日までの間年六分の割合による遅延損害金の支払を上告人に命じた部分は失当であつて、この点に関する論旨は理由がある。されば、原判決中、右部分を破棄して、その部分に関する被上告人の請求を棄却し、その余の部分に対する上告はこれを棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九二条に従い、裁判官奥野健一、同田中二郎、同松田二郎、同岩田誠の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の上告理由についての反対意見は、次のとおりである。

「支払場所の記載は、その手形の支払呈示期間内における支払についてのみ効力を有する」との多数意見には賛成することができない。

手形の振出人または支払人が、手形法の規定に従い、手形に支払場所を記載することは、手形債務者の便宜のためもあるとしても、他面所持人に対して手形債務の一の履行条件を約束するものであるから、所持人の利益のためでもある。従つて、一旦定められた支払場所が、当事者の意思にかかわりなく、当然に変更するいわれはなく、手形債務の存続する限り、手形債務者はこれに拘束されるべきことは、手形が文言証券である以上当然である。そして、支払場所の記載が、支払呈示期間経過後は、その効力を失うという法律上の明文は全然ないのである。手形所持人は、手形の主たる債務者に対して呈示期間内に支払のための呈示をしなければならない法律上の義務はないのであつて、呈示期間を徒過しても、単に遡求権を喪失するに止り、主たる債務者に対しては呈示期間後でも、手形文言に従い支払の請求をなし得ることはいうをまたないところである。

多数意見は「もし支払呈示期間経過後も、その手形の支払が支払場所でなさるべきであるとするならば、手形債務者としては、手形上の権利が時効にかかるまでは、何時現われるかわからない手形所持人の支払の呈示にそなえて、常に支払場所に右の資金を保持していることを要することとなつて、不当にその資金の活用を阻害される結果となる」というが、債務者は手形法四二条により手形金額を供託して債務を免れ得るのであり、また多数意見に従えば、呈示期間経過後は債務者の営業所、住所が履行場所になるというのであるから、債務者が右供託をしない限り、同じく手形上の権利が時効にかかるまでは、常に右の資金を自己の営業所、住所に保持しなければならないのであるから、資金の活用を阻害される結果となることは同様である。

多数意見如く支払呈示期間経過後は手形債務者の営業所、住所が履行場所となるものとすれば、所持人は手形面上に全然表われていない債務者の営業所、住所を捜索しなければならない不利益を蒙ることになり、支払呈示期間徒過によつて、単に遡求権を喪失するという不利益以上の不利益を蒙ることになる。

もし、支払呈示期間経過後は支払場所の記載が失効するものとすれば、当然支払場所の基礎をなす支払地の記載も失効し、支払地の内外を問わず、主たる債務者の営業所、住所において手形の支払請求をなすべきものと解するのが、理論上当然であると思われるのにかかわらず、多数意見は、支払呈示期間経過後は支払場所の記載は効力を失うが、支払地の記載は依然有効であると解するが如くである。従つて所持人は債務者の営業所、住所が支払地外に存することを熟知していても、あえて、その営業所、住所において請求することができず、空しく支払地内でこれを捜索し、支払地内において債務者を発見し得ないとして、その旨の拒絶証書を作成することとなり、商法五一六条二項の趣旨に反し、実情にも副わない結果となり、また債務者の知らない間に履行遅滞に陥るという甚だ酷な結果となるのを免れない。

本件手形が、支払呈示期間経過後である昭和三六年一月一一日支払場所に支払のため呈示されたのは適法であつて、上告人がその翌日より遅滞の責に任ずべきものであるとした原判決は正当である。

裁判官田中二郎は、裁判官奥野健一の右反対意見に同調する。

裁判官松田二郎の上告理由二についての反対意見は、次のとおりである。

奥野裁判官は、この点に関する多数意見に反対する理由を詳細に述べられている。私は、私の立場から多数意見に賛成することのできない所以を述べておきたい。

(一)  手形は有価証券のうちでもつとも多数人の間を輾転流通すべき性質のものであるから、強度の要式証券性を必要とし、その法律関係はもつぱら証券上の記載を基準として決されることとなる。手形が、有価証券のうちで文言証券性のもつとも強いものとして現われるのは、このためである。しかるに、多数意見が、手形の支払場所の記載が支払呈示期間内における支払についてのみ効力を有するというのは、すなわち、その経過により支払場所の記載が忽ち効力を失うとするものであつて、手形の文言証券性にはなはだしく背反するのである。もつとも多数意見は、この点に関して、いろいろ主張するので、今そのうち重な点について、批判することとする。

(1)  多数意見はいう、「本来、手形は支払呈示期間内における手形金額の支払をたてまえとし、それを予定して振り出されるものであつて、支払場所の記載も、またかかる手形の正常な経過における支払を前提としてなされるものである」と。これが多数意見の基本的立場と解される。しかし、もしこの見解に立ちこれを貫くならば、手形は支払呈示期間経過後、裏書性と呈示証券性を喪失し、手形債務者は手形金額を手形所持人のもとへ持参するものとなるべきであろう。しかし、いうまでもなく、手形は右期間経過後においても裏書が認められ、また、その呈示証券性を失うものではないのである(この場合、持参債務になるとの学説は、わが国には存在しない)。しかるに、何故に、支払場所の記載のみが支払呈示期間の経過とともに、その効力を失うのであろうか。これは解し難いところである。

(2)  さらに、多数意見は、支払場所の記載をもつて、「主として手形債務者の支払の便宜を顧慮して認められたものである」と主張し、これをその主張の論拠の一とする。しかし、手形は輾転流通するものである以上、その取得者が手形上に記載された支払場所にてその支払を受けうるものと期待するのは当然であり、従つて、その記載は、単に手形債務者のための便宜のものでなく、手形所持人にとつて、きわめて重要な意味をもつ。多数意見は、この点を看過するものであろう。

(3)  多数意見は、また「手形資金の活用」という経済的理由をあげて、その論拠の一とする。曰く、「もし支払呈示期間経過後もその手形の支払が支払場所でなさるべきであるとするならば、手形債務者としては、手形上の権利が時効にかかるまでは、何時現われるかわからない手形所持人の支払の呈示にそなえて、常に支払場所に右の資金を保持していることとなつて、不当にその資金の活用を阻害される結果となる」と。しかしながら、手形の主たる債務者は、手形金額の支払をなすべき以上、そのための資金を準備しておくべきことは当然であり、このことは支払呈示期間内に呈示がなかつたときでも、同様である。従つて、支払期間経過後も、なお支払場所の記載が効力を有するとの見解を目して、「不当に」資金の活用を阻害するものと非難するのは当らないと思われる。却つて、多数意見によるときは、呈示期間内に手形の呈示のないのをこれ幸として、支払に充てるべき資金をば、他に流用することを、「資金の活用」として奨励することとなるであろう。

この点に関連して多数意見の妨げとなるのは、支払呈示期間内に呈示のない場合、手形債務者が手形金額を供託しうるとの手形法の規定(四二条、七七条一項三号)である。そこで、多数意見は、再びここで「資金の活用」ということを主張するのである。曰く、「手形金額の供託は、手形債務者の資金の活用を阻害して取引の実情にそわない」と。要するに、多数意見は単なる「資金の活用」の名の下に、手形法の供託の規定――それは統一手形法に基づくものであつてわが国だけのものではない――を軽視するものであろう。私は、このような態度に疑問を懐くものである。

(二)  叙上のように、多数意見の根拠は、きわめて薄弱であると思われる。しかも、多数意見はさらに、次のような理論的矛盾を含み、そのため著しく不当な結果をも生ぜしめるのである。

(1)  今もし多数意見に従つて、呈示期間経過後においては、手形上の支払場所の記載がその効力を失うとの見解を採るならば、その期間経過後、手形上の「支払地の記載」もまたその効力を失うものとするのでなければ、理論は一貫しないのである。しかるに、多数意見は、その期間経過後も手形上の「支払地の記載」は、依然その効力を有すると主張するものと解される。従つて、多数意見は、支払呈示期間経過後のすべての場合について、商法五一六条二項、五一七条の適用を認めるのでなく、手形の主たる債務者の営業所または住所が支払地内にある場合にかぎり、その適用を認めるのである。

このことは、支払呈示期間経過後の呈示について、きわめて不都合な結果を生じることとなる。何となれば、手形の主たる債務者の営業所または住所が支払地内にあれば、手形をそこへ呈示することによつて債務者を遅滞に附する効果を生ぜしめうるが、もしその営業所または住所が支払地以外の地にあるならば、たとえそれが事実上、支払場所にいかに近接していようとも(たとえば、手形の支払場所が東京都の中央区内にあり、主たる債務者の営業所が隣接の区内にあつて、手形上記載の支払場所である銀行からきわめて近いときでも)、手形をそこに呈示しても、法律上呈示の効力は何等生じないこととなるからである。

(2)  多数意見によれば、支払場所の記載は「手形の支払呈示期間内における支払」についてのみ効力を有するに過ぎない。従つて、多数意見によれば、支払場所の記載は支払呈示期間経過後その効力がないのみならず、支払呈示期間前においても、その効力がないのである。しかるに、手形法は、支払呈示期間前における支払のための呈示を認める場合がある。為替手形の支払人または約束手形の振出人が支払を停止した場合、またはその財産に対する強制執行が効を奏しなかつた場合、手形所持人は遡求権行使の要件として手形を呈示し、且つ拒絶証書を作成することを要するとしているのは(手形法四四条五項、七七条一項四号)、この場合に該当する。けだし、この呈示は、満期を待たないで行われうるからである。しからば、これらの場合、支払呈示期間前に呈示するとき、その呈示はどこになすべきであろうか。多数意見によれば、この呈示が、手形上記載の支払場所にて行われても、呈示としての効力は認められないわけである。そこでこれらの場合、手形所持人はその手形を主たる債務者の営業所または住所に呈示するであろうが、もしそれが支払地以外にあるときは、呈示としての効力を生じない(多数意見によれば、このような結果となることは、既に(二)(1)で述べたところで明らかである)。しかし、このような結果を生ずる多数意見は、果して正当といえるであろうか。疑なきをえないのである。

(三)  叙上によつて明らかであるように、多数意見の採る見解はいかにも無理であると思われる。しかるに、多数意見はこのような理論を構成することによつて、何を目指しているのであろうか。

(1)  思うに、多数意見によれば、支払呈示期間経過後、支払場所の記載はその効力を失うから、その経過後そこへの呈示は、呈示としての効力がなく、従つて、手形債務者としてはたとえ支払場所たる銀行における預金が不足していたとしても、履行遅滞に陥ることはない。その結果、手形債務者は銀行取引停止処分の憂目に会わないですむこととなる。しかして、銀行取引停止処分が企業に対しその死命を制する影響をすら持つことを考えれば、該処分を免れしめるところの多数意見が与える恩恵は、まことに莫大である。何となれば、手形が幸にも支払呈示期間内に呈示されないときは、手形債務者は、たとえその後呈示を受け、その支払をなさなくても、そのため銀行取引停止処分を受ける虞がなく、その手形の支払に充てていた資金をば安んじて他に流用できるからである。思えば、多数意見のいう「資金の活用」の主張は、「資金の流用」の主張に帰するといえよう。

しかし、いかなる場合に銀行取引停止処分に附するかは、手形交換所の交換規則の定めるところであるから、手形不払のとき、必ず右処分を行わなければならないという必然的関係があるのではない。手形債務者が手形金額の支払について遅滞に陥つても、交換規則によつて、銀行取引停止処分を行わない場合を定めることも可能なわけである。従つて、支払場所の記載は支払呈示期間経過後においても依然効力があるものとし、すなわち、その支払場所における期間経過後の呈示に効力を認めながら、しかも、手形が支払われなくとも手形の主たる債務者に対し銀行取引停止処分を行わないことも可能であろう。このように考えてくると、銀行取引停止処分を免れしめるために、強いて多数意見のような理論を構成する必要は、毫もないのである。

(2)  さらに、多数意見は、手形所持人と支払場所として指定された銀行との関係をば、小切手所持人と支払人たる銀行との関係に近似せしめる結果を生ぜしめるものである。何となれば、多数意見によれば、(1)支払場所の記載は支払呈示期間内にかぎつて効力があるのであるから、手形所持人の地位を小切手所持人の地位に近似せしめる(小切手法二九条一項参照)。さらに、(2)多数意見によれば、手形の主たる債務者と銀行との間の契約をもつて、支払呈示期間経過後も支払場所において支払をなしうる旨約することによつて(多数意見がこのような契約の存在を予定していることは、多数意見の述べるところによつて明らかである)、支払呈示期間経過後における手形の支払を、期間経過後における小切手の支払に近似せしめるからである(小切手法三二条二項参照)。これは、「手形の小切手化」といえよう。しかし、手形の小切手化は、銀行として取扱上便宜であるにせよ、両者の法律上の本質的差異を思うとき、手形の本質に背反するものというべきである。

(四)  思うに、わが国では、新説が主張されると、その学説が忽ち学界を風靡するに至ることがあるが、本件の問題についても、その感なきをえない。すなわち、終戦後に至り、「支払場所の記載は支払呈示期間内における支払についてのみその効力がある」との見解が、一躍して学界の通説となり、本件における多数意見もまた、これに応ずるものといえよう。そして、全国の手形交換所の取扱上、多くのものは、支払呈示期間経過後の呈示の場合、原則として銀行取引停止処分を行わないとしているようである。

しかし、いうまでもなく、わが国の手形法は、手形法統一条約において定められた統一手形法を国内法として制定したものであるから、手形法については、他の法域より遙に比較法的研究が重視されるべきであり、この条約に加盟した諸外国の統一手形法に関する学説・判例は、わが国に対して好個の参考となるのである。従つて、統一手形法を採用した各国の間では、留保した条項を除いて、その解釈は「統一手形法」の名にふさわしく統一的であるべきであり、十分の理由付けのない独自の見解は控えるべきであろう。しかるに、支払場所に関して多数意見の採るような見解が、果して他国に存在するのであろうか。寡聞な私は、これを知らないのである(たとえば、ドイツでは多数意見のような見解は見出しえないと思われる)。私は、多数意見がわが国にのみ存在する特殊な見解ではないかと虞れるのである。

今、叙上の見解に立脚して本件を見るに、本件手形は支払呈示期間経過後である昭和三六年一月一一日手形上記載の支払場所に支払を求めるため呈示されたのであるから、その呈示は適法というべく、従つて、上告人がその翌日より遅滞の責に任ずべきものとした原判決の判断は正当であるといわなければならない。

裁判官岩田誠の上告理由二についての反対意見は、次のとおりである。

私は、手形に記載された「支払場所の記載は、その手形の支払呈示期間内における支払についてのみ効力を有する。」との多数意見にはくみし得ず、奥野裁判官、松田裁判官の反対意見に賛同するものである。

手形は、多数人の間を輾転流通するものであり、一の手形の振出人、引受人、裏書人、所持人等その手形に関係を持つ人は、すべて、その手形に記載された文言を前提としこれに期待して、それぞれ、義務を負い権利を取得するのであるから、文言証券である手形に記載することを認められている記載事項は、その手形上の権利義務が存続する限り、その効力を失うことはないと思う。手形の所持人は、その支払呈示期間内に手形の呈示を怠ると、遡求権を失うけれども、為替手形の引受人、約束手形の振出人の如き手形の主たる債務者に対しては、右呈示期間経過後であつても、その手形上の権利が時効により消滅するまでは、その手形金の請求ができるのであつて、支払呈示期間の経過により、手形上の権利義務がすべて消滅するものではない。手形の主たる債務者である引受人または振出人は、引受または振出という手形行為をした以上は、手形の満期日以降は何時でも手形を呈示しその支払を請求する手形所持人に対し、手形金を支払う義務を負つているものである。支払場所の記載が、多数意見のいうように、手形債務者の便宜のためであるとしても、支払場所の記載は、支払呈示期間経過後は、支払場所としての効力を失い、手形所持人は、手形の主たる債務者の営業所または住所において手形を呈示しなければならないとすれば、手形所持人は、手形面上にあらわれていない右主たる債務者の営業所または住所を探さなければならず、非常な不利益をこうむることになる。これをもつて、支払呈示期間を徒過したことによる当然の忍ぶべき不利益であるとすることは、手形面上に存する支払場所の記載を信頼して手形上の権利関係に入つた手形所持人に対し甚だ酷なことというべきである。この手形の主たる債務者と手形所持人との利害を調整するために手形法は、手形の主たる債務者に対し、手形の支払呈示期間内に手形の支払のための呈示がないときは、所持人の費用および危険において、手形金額を供託することを認めているのであると信ずる(手形法四二条、七七条)。すなわち、手形の主たる債務者は支払呈示期間内に手形の呈示がないときは、手形金額を供託することにより、その手形債務を免れ、したがつて、その後自己の知らない間に、手形が呈示され履行遅滞に陥るということもないし、何時現われるともわからない手形所持人を待つ必要もない。また、手形所持人としても、支払呈示期間が経過しても、手形の主たる債務者の営業所または住所を探す必要はなく、支払場所に呈示し、もし、手形金の支払が受けられればこれを受領し、もし、既に供託されているときは、その供託金の還付を受ければよいわけである。手形の主たる債務者も、手形所持人も、支払呈示期間経過後においても、その手形に記載された支払場所を基準として手形上の権利を行使し、義務を履行することが合理的であり、手形取引の実際上にも便宜である。手形法四二条の供託の規定は、支払場所の記載が、支払呈示期間後もなお有効と解すべき一つの根拠を与えるものというべきである。手形の主たる債務者は、自らその手形行為をした以上は、手形の満期日以降は、おそかれ早かれ、その手形金を支払うべき義務を負担したものであるから、前記のように、手形金額の供託をしない以上、手形上の権利が時効にかかるまでは、手形金支払のため、その資金をいずこかに保持していなければならないことは当然のことであつて、支払場所に右資金を保持することを要することは、手形の主たる債務者の資金の活用を阻害するとの理由で、支払場所の記載は、支払呈示期間内に限り効力を有すると論ずることは、本末を顛倒するもののように思われる。

したがつて、本件手形の支払場所における支払のための呈示を適法とした原判決の判断は、正当であると思料する。(横田正俊 入江俊郎 奥野健一 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎)(柏原語六は、退官のため署名押印できない。)

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